2019年4月29日月曜日

クラッチフラッグ所感

フラッグは大変素晴らしい運動であると思う。私もかつてポリタンクでサイドベントをしていた時期があった。フラッグならサイドベントよりも多くの筋肉を同時に鍛錬でき、しかも楽しい。
ただ現時点ではまだ若干の課題が残っていて、左側を上にする時、フォームの問題か左手のグリップが歪み、しっかりとホールドすることができないのだが、これは練習によって徐々に解決できるであろう。
それよりもクラッチフラッグの難点は、私だけかもしれないが上腕の内側が内出血することで、長袖を着ていても皮膚がかなり恐ろしい色合いになっていることがある。これは掴まる棒の太さのせいかもしれない。掴まる棒が細ければ腕に当たる面積も狭くなり、腕と棒が接触する面にかかる力も増えるため、皮膚の表面に負担がかかって内出血を起こすのだろう。
道を歩いていると道路標識の支柱が大変つかまりやすそうな太さに感じる。HM-01の登攀棒よりも太く、雲梯の支柱よりも細い。しかも数は多いし、公共の場所ではぶら下がれるものがほぼ見られないのと比べると、対照的である。
フラッグは楽しい

2019年4月28日日曜日

内なる声に従う

初めてマッスルアップに成功したと書いたが、やはり今なぜこのタイミングで成功したのか、その意味を考えあぐねていた。初雁公園は何を言おうとしているのだろうか。
全くの別件で八幡神社に行ったので、神社の人に疑問をぶつけた。もし神の啓示を受けた場合、人間はこれをどう解釈すればよいのかと。「心当たりがあるのか」と言われ、私ははい、とだけ答えた。すると「自分の心に照らし合わせて解釈すべきだ」という答えをいただいた。つまり仏教で言えば法と自己を拠り所にせよという言葉がありますが、そういうことでしょうか、と聞くと、「そうだ、それと似ている」と言われた。
だとすれば私は自己の内なる声に耳を傾けなければならない。あの公園と遊具のために動けるのは私一人であり、私を動かすために公園と遊具があの時バーの上まで私を導いたのだとしたら、そう思えてならない。私こそがあの公園と遊具のために動かなければならない。私がここにいます、私を遣わせてください、これが私の内なる声である。

閉鎖的な公園

以前、公園とは万人に開かれた存在であると書いたことがあった。しかし数ある公園の中には閉鎖的な雰囲気を持つものもある。本川越駅と喜多院のほぼ中間に位置する、通町公園がそうだ。
通町公園
東側の出入り口は常に施錠されている
北側の出入り口は施錠されていないが、常に閉まっている
公園内部から見た北側出入り口
中はかなり広く感じる
南側にはボール飛び出し防止用らしきネットが張られている
中に入ると鉄棒、ブランコ、滑り台、砂場などの遊具が設置されてなおかなり広く感じられる。だが出入り口が閉じられ、南側には高いネットが張られ、かなりの閉塞感がある。北側の扉は内側のみに開く構造になっているようで、おそらく外側に開けようとしたためであろう、扉や蝶番に歪みが生じている。普段は全く意識しない出入り口によってこうも印象が変わるものなのかという思いがする。広さが逆に間延びしたような印象を与え、出入り口の物々しさと相まってまるで監獄のような雰囲気である。なぜここまで排他的な公園になったのか、詳細は定かでは無いが、周辺が密集した住宅街でしかも商業地域が近いといことに原因がありそうである。こうまで排他的な公園を目の当たりにしてしまうと、果たして公園というものが本当に住民に求められているのかどうかという疑問まで浮かんできてしまう。だが、同じような条件の公園が必ずしもここまで排他的では無いのだし、特殊な例と捉えておくべきなのだろう。

2019年4月27日土曜日

マッスルアップについて

長い間行っていなかったマッスルアップの挑戦だが、本日久々に試したところ、思いの外あっけなくできてしまった。
マッスルアップ運動とは、懸垂とディップスを融合させた、引く力と押す力の両方を鍛錬することができる運動である。懸垂の高さよりさらに高く体を引き上げ胸をバーに乗せ、そこからストレートバーディップスで腕を伸ばしきる。ディップスの部分は簡単だが、胸をバーより上にあげるのが一苦労なのである。
マッスルアップについては数年前からたびたび挑戦し続けていたものの、今日まで一切成功することはなかった。なぜ今更挑戦する気になったのだろうか、それは自分でもわからないが、例えば懸垂ができない場合という記事を書いたり、あるいは平成という時代の終わりであり、そして近い将来初雁公園の死を見とらなければならないという心境が無意識に作用したのかもしれない。
マッスルアップについてはあれこれ言えるほどの経験が無いが、今まで試したマッスルアップのやり方と今回のそれとの違いがひとつだけあり、それは最初から肘を曲げていたという点である。懸垂のように腕を伸ばしたところから始めるのではなく、肘を曲げたままバーに飛びつくのだ。こうすることで懸垂パートを大幅にショートカットできる。腕を伸ばしたところから始めると腕を引き付ける動作と腕を回転させる動作を同時に行う必要があるが、最初から肘を曲げておくことで前者を省略でき腕を回転させることのみに注力できるのである。
ヒントになったのはポール・ウェイドのコンヴィクト・コンディショニングである。フルレンジの懸垂の一段階前にハーフ懸垂という種目があるが、これはすべての距離を移動するより半分の距離を移動する方が負荷が少なことを利用し、トップポジションから半分だけ降ろし、またトップポジションへと上がる、という動作を取ることで負荷を調節している。移動距離を半減させて負荷を下げるという考え方は同書のいたる所に見られる、様々な種目に転用可能な普遍的考えであり、これはマッスルアップにも使用できるだろうと考えたわけだ。そしてその読みは当たった。
マッスルアップに成功したのは私の力ではない。上記書籍と公園のおかげである。いや、もっといえばこれは死にゆく公園と遊具が私に託した形見のようなものではないだろうか。そうとしか考えられない。私は三芳野神社と初雁公園は両方セットになった宗教施設だと考えている。三芳野神社は学問の神を祀っているが、マッスルアップの成功は書籍を読んだことでもたらされたものだ。これが偶然だとは考えられない。
ついに成功したマッスルアップ

2019年4月26日金曜日

懸垂が1回もできない時に行いたい運動

懸垂が一回もできない人でも、心配はいらない。懸垂以外の方法で懸垂に使うための筋肉を疲れさせれば、徐々に筋肉が成長し、やがて懸垂ができるようになるからだ。ここでは例として五つの種目を紹介したい。
ひとつめはバーティカルプルだ。これはポール・ウェイドの著書コンヴィクト・コンディショニング(邦題: プリズナートレーニング)の懸垂の部で紹介されている運動で、斜め懸垂からさらに負荷を減らしたものとも言える。何かしっかりつかまれるものを探し、なるべく近づいて掴まったら体を背中側に傾け、なるべく背中の筋肉を使って元に戻る。
何かにしっかりつかまる

体を傾け、また戻る

ふたつめは斜め懸垂である。斜め懸垂は同じく書籍コンヴィクト・コンディショニングで懸垂の部第二段階目として位置付けられている。斜め懸垂は別名が多く、ホリゾンタルプルであるとかオーストラリアンプルアップであるとかインバーテッドロウであるとか様々な名前で呼ばれているが、それほどメジャーな種目だということなのだろう。よく小型の公園にある120cmと90cmの二種類の高さがセットになった低鉄棒が使いやすいが、初雁公園にはそれがないので、下記の画像では平行棒の支柱を使用している。

負荷は角度で調節できる

肩甲骨を意識しつつ動く
3番目は、ぶら下がりである。慣れないうちは懸垂に使う筋肉より先に握力が尽きてくる時がある。慣れていても雨の日などは濡れた遊具にぶら下がるためにかなり前腕の力が消費される。なお、ぶら下がる時は肩を痛めないよう、最新の注意を払わなければならない。ぶら下がりについては書籍コンヴィクト・コンディショニングの続編コンヴィクト・コンディショニング・2(邦題: プリズナートレーニング 超絶!! グリップ&関節編)で詳細に解説されている。
ぶら下がってひたすら耐える

4番目はフレックスハングである。ぶら下がりと同じくらいシンプルな運動で、ジャンプして懸垂のトップポジションに入り、そのままひたすら耐えるという運動だ。肘を完全に曲げきった状態でさらに曲げる方向に重さが入ると肘を痛めるので、そうならないよう注意したい。懸垂のトップポジションに入ったら、同時に膝を折りたたみニーレイズの姿勢をとると、これはダンゴムシ運動と呼ばれ、逆上がりの前段階として練習に取り入れられているとのことである。だがダンゴムシ状態も、かなりきつい。
この状態でひたすら耐える

ダンゴムシ運動

5番目はネガティブ懸垂である。ネガティブ運動とは、どのような手段でもいいのでまずトップポジションに入り、できるだけゆっくりボトムポジションへと移行する運動である。つまりジャンプして懸垂のトップポジションに入り、できるだけゆっくり体を下ろし、ぶら下がり状態へ移行する。ゆっくりやるほどきつくなる運動である。快適に懸垂できる高さの鉄棒よりもやや低い、だいたい自分の身長ぐらいの高さの鉄棒がやりやすい。
できるだけゆっくり下がる

こうしてざっと見ていると偶然だろうが、行って戻る系2種、ひたすら耐える系2種、そして両者の中間のような耐えながら戻る系1種に分類できる。これら五種目は懸垂ができるようになってもたびたび立ち返る、優秀な鍛錬法であると思う。そしてこれらは高高度鉄棒を含む様々な高さの鉄棒があればとてもやりやすい。懸垂ができる人間が少ないから鉄棒はいらない、と言う人がいれば、鉄棒が無いからこそ懸垂ができる人間が少ないのだ、と言いたい。

川越運動公園にある滑り台で懸垂とディップスをする

川越運動公園にあるHH-07は、懸垂運動をするには大きな問題を抱えている、ということを書いた。だが同公園内で懸垂をしようとする場合、HH-07を使用する以外にもいくつか方法はある。ひとつめは樹の枝を使って懸垂すること、もうひとつは滑り台を使うことだ。
大型の滑り台
この大型の滑り台の鉄柵につかまり、ぶら下がるのである。緑の部分の高さがちょうどいい。手首に床の側面が当たるが、懸垂は快適そのもの。

ここにぶら下がる


非常に懸垂しやすい

グリップをやや広くする

グリップをさらに広くしたところ
 等間隔で縦の柵があり、持つ場所でグリップの幅をデジタルに変更できるのは面白い。またHM-01の時にも書いたが、階段の手すりの幅がHH-07よりもやや狭く、ディップスにちょうどいい。
ディップスがやりやすい
もちろん階段は本来通り道なので、他の利用者がいた場合は慎重に配慮しなければならない。ただ、そもそも「運動公園」の懸垂用遊具が少なからぬ問題をかかえ、同公園内での快適な懸垂が樹木の枝や子供用滑り台によってもたらされているという事実こそが、まず第一に考えなければならない問題なのではないか。複雑な構造を持ち用途の限定された高価な遊具をやめれば、その分の予算がシンプルな遊具の数を増やしたり、既存遊具の点検、修理などに充てられるのではないだろうか。
かなり前から破れたままのネット遊具

川越運動公園にある日都産業のHH-07

「懸垂器具」と書かれている

川越運動公園に日都産業のHH-07がある。公式サイトの写真とはカラリングや細部が異なるが、基本的には同じものだと思われる。この遊具は他にも四都野台公園で見かけたことがある。遊具に貼られたピクトグラムにはぶら下がりとエルシットをしているところが描かれている。

日都産業製HH-07

HH--07に貼られたピクトグラム
ピクトグラムでは右の人物が遊具に向かってぶら下がっているのか、遊具を背にしているのかは判然としない。日都産業公式サイトの写真では遊具を背にしてぶら下がっている。
遊具に向かってぶら下がったところ

遊具を背にしてぶら下がったところ
まずぶら下がってみると、幅がほぼ肩幅までしかなく、この幅の範囲内までしか手幅の自由が利かず大変息苦しい。またぶら下がった時に真正面あるいは背後に常に存在する支柱が圧迫感を与え続ける。次に懸垂を行うと、案の定脚を伸ばしたままだとつま先が接触する。膝関節を曲げて大腿を伸ばしきったまま上がると、膝が付くか付かないかぐらいで、ギリギリだが稀に接触することがある。背中を向けて懸垂すると確実に後頭部が接触する。今までにも何回か書いたが、人間が懸垂運動を行う時、肉体は地面に対して垂直にはならず、若干の傾きが発生する。この遊具もこの点を理解していなかったか、意図的に無視したかのどちらかで、結果的に懸垂運動のための遊具であるにもかかわらず懸垂を困難にしている。本来、懸垂への障害は筋力不足と筋肉疲労のみであるべきであり、器具の不備であってはならないはずだ。
脚を伸ばしているとつま先が接触する

腿は伸ばしきり膝を曲げておくとすれすれ、稀に接触

背を向けて上がると頭が当たる
なお平行棒はそこそこ使えるが、定員は一名だろう。普通の平行棒なら向かい合わせになって二人同時にディップス勝負をすることも可能である。棒の幅はHM-01の斜平行棒と同じぐらいに感じる。
幅はもう少し狭い方がいいが

普通にディップス

中村製作所のFIT-04と同じく、複数の遊具を合成しようとしたところ、満足に使用できなくなってしまった遊具のひとつである。しかも一本の鉄の棒を相当な箇所曲げて作られていて、複雑な形状をしている。平行棒と鉄棒はどちらもまっすぐな棒のみで作れる。それをあえて複雑な構造にしているうえに、その構造が機能に寄与しているどころか、通常の使用さえもが困難な形状になっている。運動公園という名の公園にある遊具でさえ、こうなのである。
川越運動公園はかなり広大な面積の敷地を持つ。ここからさらに遊具を追加し、各種高度の鉄棒、平行棒、雲梯、肋木を設置する余地は十分に存在する。もしそれが実現できれば、全ての年齢の人間の全ての筋肉をカバーできることだろう。